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庭の柿の木

庭に出て
「あー良い匂いだなぁ。」
なんて金木犀の香りを楽しむ頃、その隣にある柿の木にも柿がなる。
今年はなかなかの出来だ。
いくつかは鳥に食べられてしまうんだけど、大量になるから綺麗な実もたくさん採れる。

毎年秋になると婆ちゃんが剥いてくれて、僕に出してくれた。
「ほら、庭で採れた柿よ!甘いから食べなさい!」
「あー、うん、あんまり好きじゃないからいらねーよー。」
「あら、いやだ、こんなに甘いのに!」
まぁ小学生の年頃の男なんてそんなもんだ。

でも爺ちゃんも婆ちゃんも亡くなっても、この柿の木は毎年秋になると実をつける。
そして、僕は今まで興味もなかったのに、ハシゴに登り、柿の実を取って食べるのだ。
食べきれない分は近所に配ったりする。
「種が多いんですけど、甘いのでよかったら」
「わぁ嬉しい!お宅の柿甘いわよねぇ。ありがとう!」

一人で柿を食べてると、
「うーん、美味しいなぁ?。甘いなぁ?。」
なんて思いながら、少しだけ爺ちゃんと婆ちゃんの事を思い出したりする。
そして、思い出に浸りながらあの頃もうちょっと美味しそうに、喜んで柿を食べてあげたらよかったなぁ、なんて思うんだ。

柿の木を眺めてたら、小さなメジロが枝にとまった。
柿を探してるのかな?

もう無いよぉ、全部食べちゃったよ。
また来年おいで。
そうそう。この柿の木は僕と同い年なんだぜ。
僕が産まれた時に、爺ちゃんが植えてくれたんだ。
そうなんだ。
僕と同い年なんだぜ。

さて、僕は未来の子供に何を植えてやろう?
林檎もいいなぁ。琵琶もあるなぁ。柑橘系もいいしなぁ。
そんなこと考えると思わずニヤニヤしてしまうのだ。

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キャッチボール


正月の楽しみといえばお年玉!
お年玉を握りしめて玩具屋に行って福袋を買いに行く。
家に帰ってきて開けてみると、何日も思い浮かべていたものは何一つ入ってなく、だけどそれでは癪なので、これが欲しかったんだ!と自分に言い聞かせて満足してる自分を演じたりとかね。笑
その行程を終えると、父や祖父なんかと公園に出かけて凧揚げなんかやったりして。
寒くて指先なんか痛いんだけど、走ってると今度は暑くなったり。

一通り正月っぽいことを終えると、いつのまにか父とキャッチボールが始まる。
「おー!いい球だ!」
「じゃあ次はカーブだ!曲がった?」
「おー。少し曲がったぞぉ?」

弟と交代でキャッチボール。
父とキャッチボール。
言葉を交わしながらのキャッチボール。
楽しかったなぁ。

今年の正月。
じぃじになった父と、僕と弟と、そして弟の娘・息子の三世代で公園に行った。
最初は甥と姪とみんなで遊んでたんだけど、遊んでるうちに、父とのキャッチボールのことを思い出したんだ。

「なぁ、キャッチボールやらない?ちょうど車の中にグローブ入ってるんだよぉ。久しぶりだろぉ?前みたいにやろーよ。」
「おー?!キャッチボールかぁ。いいなぁ。やってみるか!」

父にグローブを渡し、軽くボールを投げた。
父がキャッチする。
父が僕に投げた。
『パチン!』
思ったよりいい球を投げる。
「おー!すげーじゃん!けっこう投げられるじゃん!」
「おー!そーだなぁー!意外と投げられるなぁ!」
そして、僕はさっきよりも少し強く投げる。
父がキャッチする。
「おー!!いい球だー!」

弟と交代。
「出来るかなぁー?超久しぶりだよぉ?」
父と弟がキャッチボール。
弟の投げるへなちょこボールが父のグローブに入る。
「おい!なんだぁその球はー!」
父も調子を上げてきた。
さっきよりもずっといい球を投げている。
投げてる父も弟も、そして見ている僕も笑ってる。

久しぶりだなぁ。この光景。
また僕の番だ。
父の投げる球を受けて、そしてそれが思いの外、強いのがなんだか嬉しい。
「なぁ。親父ぃ!キャッチボールさぁ、これから正月の恒例行事にしよーぜぇ。」
「おー!いいなぁー。来年はもっといい球投げられるようにするかぁ!」
「そーしよーぜー!やっぱりキャッチボール楽しいなぁ。」

僕は思いっきり父に目掛けて投げた。

『パシーン!!』

父のグローブに勢いよく入った。
痛そうにしている父はとても幸せそうだった。

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サンタさんありがとう

僕「今年のクリスマスはサンタさんに何を頼もうかなぁ?」
友人A「何言ってんだよぉ。サンタなんかいないよぉ?」
友人B「そーだよぉ。あれは親がやってるんだぜー」
僕「あ、あー。そーだよねぇ。まぁ知ってるけどさぁ」

僕(そっかぁ。みんなのところにはサンタさんは来ないのかぁ。僕はちゃんと毎日夜8時に寝てたから、まだサンタさん来るんだぁ。みんな可哀想だなぁ。)

なーんて本当に思ってた。
純粋な僕はけっこう大きくなるまでサンタさんを信じてた。
僕の家は夜8時には寝なくちゃいけなくて、でももう少し起きてたいんだけど、その度に「8時に寝ないとサンタさん来ないよ!」なんて言われてたから、土曜日以外はちゃんと8時に寝てたんだ。
だってサンタさん来ないと嫌だからね。
「土曜日はまだ寝なくて大丈夫?サンタさん許してくれる?」
「大丈夫よ。ちゃんとサンタさんに報告しておくから。そろそろサンタさんにお願い書かないとダメなんじゃない?ちゃんと考えたの?」
「まだだよぉ。早く書かないと来ないかなぁ?悩んでるんだよぉ。でもお手紙は書いておく。」

そう言って僕はまだお願いが決まっていない事を紙に書いて、机の上に置いて寝る。サンタさんがそれを読みに来る時は多分喉が渇いてると思うから、お茶も用意して。

でも、書いたその日にサンタさんは来ない。サンタさんだって忙しいのだ。
朝起きて机の上を見てみても手紙もお茶も残ってる。
でも今日は来るかもしれないと、毎日お茶を入れ直す。
毎朝確かめてみるけど、なかなか来ない。

それから何日かして机の上を見てみると、手紙が無くなってチョコレートが置いてあった。

「お母さん!!サンタさん夜に来たみたい!!お茶が無くなってる!!チョコレート置いていってくれた!!」
「あら!よかったわねぇ。じゃあ今年もプレゼント持ってきてくれるかもねぇ?」
「うん!」

『サンタさんへ。
ファミリーコンピューターをお願いします。
無理だったらラジコンをお願いします。
よろしくお願いします。
首藤洋介』

机の上にサンタさんへの手紙を書いて置いておく。
そして、忘れた頃にその手紙がなくなっていて、またチョコレートが置いてある。
僕のテンションは上がりまくる。

僕の両親は本当にうまくやっていたと思う。
さすがの僕だってサンタさんは親なんじゃないか?と疑う事もあった。
その度に弟と家中探し回った事もある。もちろん車の中も。
だけど見つからなかった。
そしてまた、サンタさんはイヴの夜にやってくるとは限らない。
ある時、テレビを観ていたらベランダの方から物音がしたと思い、部屋に行くとプレゼントが置いてあった。
慌ててベランダに出て見に行ったけど、サンタさんはいなかった。
多分たまたま風か何かで物音がしたんだと今になって思うけれど、
『本当に家の中に勝手に入ってくるんだ…』と思い逆に怖くなったこともある。

中学生になって、さすがに僕もサンタさんの正体をなんとなくわかるようになり、やがてサンタさんへの手紙も書かなくなった。
でも7つ下の妹の為に、我が家のサンタさんはまだまだ働いてた。
イヴの夜、僕が寝てるとドアを開ける音がして、僕は目が覚めた。父親がこっそり部屋に入ってきたんだ。
『あ、そうか。サンタさんだ。』
とっさに僕は寝たフリをかます。
サンタさんはゆっくり僕の顔に近づき、寝てるかを確認している。
そして、小さなプレゼントを置いていった。

翌朝、妹がサンタさんが来たと大騒ぎしている。
「お兄ちゃんはサンタさんに何をもらったのぉ?」
「うん?あー、カードゲームを貰ったよぉ。」

その目の前で父親は何食わぬ顔をして新聞を読みながら珈琲を飲んでいた。

『サンタさん、ありがとう』

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土曜日限定特製ラーメン

「今日はお父さん休みぃ?」
「うん、そうだよー。」
「やったー!じゃあお昼はお父さんが作るの?」
「おー。作るぞぉ!おい、遅刻するぞー!」
「行ってきまーす!!」

僕が小学生の頃の土曜日のやりとりである。
父親は仕事が忙しく、平日の帰りはいつも深夜。
土曜日が休みというのもあまりなかった。
だけど父親が土曜日の休みの日は決まって昼食を作ってくれた。
炒飯、ラーメン、焼きそば、カレーライスなどなど。
どれも子供の好きなものだ。
母親の料理がマズいとまで言わないが、健康を気にしてくれていたのか、子供にとってはいささか味が薄いのだ。
その点、父親の作る料理は油っこいし味も濃い。
男の味なのだ。

土曜日に朝起きてまだ父親が寝ていると、決まって昼飯を作ってくれるかどうかを確認しにいくのだ。
そんな土曜日は学校が終わると走って家に帰るんだ。

「たっだいまー!!今日のお昼は何ぃー?!」
「お!おかえり!今日は野菜たっぷり味噌ラーメンだぞー!!」
「やったー!!」
いつもは「手を洗いなさい!」と言われてから洗うのに、そーいう時はさっさと手洗いを済ませ、食卓につく。

「わー!ラーメンの匂いだー!腹減ったぁ!」
弟も僕の向かいで嬉しそうに待ってる。

「ほら!出来たぞぉ!お父さんの特製味噌ラーメンだ!」
「うわー!やったー!!いただきまーす!!」

なんてことない普通のインスタントラーメンなのだけれども、これが美味しいのだ。
野菜をトッピングする時間を計算してないのか、父親の作るラーメンはいつも少し麺が柔らかいのだけれども、またそれがいい。

「おい!こうやってソースをかけても旨いんだ。あと胡椒もな。」
「あ!僕胡椒かける!謙ちゃん(弟)はまだ小さいからダメだな!」
「僕もかける!」

案の定、弟はクシャミをしている。

「あー!美味しかった!次の土曜日は何作るのー?」
「そーだなぁー。お父さん特製炒飯にするか!」
「おー!特製だー!」
「よし!食べ終わったらちゃんと食器を流しに持って行けよー」

僕の家はほとんど外食をしなかった。
なので、育ったのはいつも母と父の料理。
なかでも父親の作る料理はちょっぴりパンチが効いていて好きだった。

僕が今料理人になってるのも、もしかしたらその影響かもしれない。
こんなことを書いていたら、久しぶりに父親の手料理が食べたくなる。

「あ、もしもし。洋介だけど…明日そっちに帰ろうかなぁと思ってるんだけどぉ。」
「お!そうか。じゃあ夕飯は食べるか?」
「あ、うん。そっちで食べようと思ってる。」
「お、じゃあお父さん特製カレーでも作るかな。カレーでいいか?」
「うん。カレーいいな。うん。いいな。んじゃお腹空かせて帰るからたくさんよろしく!」

明日はカレーかぁ?
そういや昨日カレー食べたなぁ。
それでもいいのだ。
僕は父親の作るカレーが好きなのだ。

「洋介!美味しいか?!」
と未だに何度も聞く父親の嬉しそうな顔を見るのも大好きなのだ。

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「まずはヘッドランプだね。」(山登りのススメ)

夏が終わり金木犀の香りが漂い始めると 「あー秋だなぁ」なんてちょっとしみじみと思う。
派手な夏に比べると地味で渋い季節の秋。
渋い僕は秋になると「おー山でも行くかなぁ!」なんて思うのだ。
やっぱり登山を始めアウトドアは秋に限る。
景色もいいし、気温も過ごしやすいし、なにより虫が少ないのがいい。

学生時代に山岳部に入り、日本の山という山をたくさん登ったのだけれども、一番最初に登った山、というか山に登った一番古い記憶は高尾山である。

多分、まだ小学生になったばかりか、まだ入る前か…。僕と両親と祖父母、あと弟がいたかな。
僕は意気揚々と先頭を歩き、皆より先を歩いてた。それに負けじと弟もついてきた。
幼い僕と弟を心配してか、婆ちゃんも僕らと一緒に歩いた。

しんどかったんだろうなぁ。
だけど、すごく楽しかったし、誇らしかった。
大冒険だった。

婆ちゃんや爺ちゃんもたくさん褒めてくれた。
「えらいのぉ。一人で登れたねぇ。もうお兄ちゃんだねぇ。」
「全然平気だよ。まだ登れるよぉ。」

どこでもお弁当を持っていく家庭で育ったので、もちろんここでもお弁当だった。
おにぎりと唐揚げが美味しいんだ。

頑張りすぎた僕はもちろん帰り道は半分眠りこけるほど疲れた。
もしかしたら帰りはケーブルカーだったのかもしれない。帰りのことはあまり覚えていない。
高尾山登山。これも秋だった気がする。

高尾山。今でも時々登りにいく。
子供のいない僕は愛犬を連れて行ったり、一人で登ったり。
山とは言えないほど低い山だけど、自然が豊かでなかなかいい。
あの頃、頂上の売店の蕎麦やアイスクリームなんかが食べたくて、食べてる人達を見ると、とても羨ましいなぁ、なんて思っていたのだけれども、僕も今じゃ弁当派である。もしくはカップラーメン。もちろんシーフード味ね。こいつとおにぎりが抜群に合うんだ。

子どもがいる人はこの秋、登山なんかどうだろう。
新しい発見があるかもしれない。
なんせ、子どもってのはよくわからない生き物なのだ。僕らには持っていないアンテナを持ってる。
それを見守るだけでいいのだ。
大きな木に反応するかもしれない。
小川に反応するかもしれない。
未知なのだ。

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ただ登山をするにあたって気をつけなくちゃいけないのは、低くても高くても、簡単でも難しくても
短くても長くても危険があるっていうこと。
その危険に対して対処できるように最低限のモノは持って行ってほしいなぁ。
もちろん色んなモノがある。それこそアレもコレもと持っていけば莫大な量になってしまう。
こういう時、あると便利なモノは持っていかないで、ないと困るモノを持っていくのがいい。

僕が必ず持っていくモノのなかに、ヘッドランプがある。
これは山に限らずアウトドア・旅行、旅には欠かさず持っていく。むしろこれさえあれば何とかなるとまで思ってる。

日帰り登山でもアクシデント、例えば転んで捻挫なんかすると、時間をロスして下山する頃に真っ暗なんてことも考えられる。真っ暗だと何も出来ない。なのでヘッドランプは必須だね。出来れば人数分ほしい。
ただのランプじゃなくてヘッドランプね。両手が使えるから。
アウトドアで使えなくても、震災や停電などのいざという時にも使えるし、持ってて損はない。
アウトドア用品はいざという時に使えるのでとても便利なのだ。そういってドンドンモノは増えるんだけどね(笑)

まずはヘッドランプ!!
昔の山登りの人は「リヒト」なんて呼び方をする人達もいる。
アウトドア用品屋さんで「すいません、リヒトくださーい。」なんて言うとちょいと玄人っぽくてカッコいいかもしれないぜ!

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東京リバーカヤックツアー

僕には歳の離れた親友がいる。
名前は太陽。
僕の高校の同級生の長男で、生まれたころからよく知ってる。よく彼の家に遊びに行って遊んでいた。
彼に会うと名前のごとく太陽のように笑い、僕に抱きついてくる。次男のヒナタと僕の取り合いである。
彼の両親がどんな育て方をしてるのか詳しく知らないが、彼はすくすくとまっすぐに成長している。
毎回会うのが楽しみなんだ。

そんな彼も今年で中学生になった。
中学生になった彼に何かお祝いをしようと思った。
何かずーっと残るものがいいなぁと思って、ネットなんかで調べてみると、財布や時計、靴や万年筆。
あとは単純にお金が一番喜ばれるなんて書いてある。
まぁそりゃそうだなぁと思いながらも、なんか僕らしい贈り物をしたい。
色々と考えた結果、「東京リバーカヤックツアー」なんてプレゼントしたらどうだろうと…

たまーに友人を連れて行くところで、江東区の大島小松川公園からぐるーっとスカイツリーの真下を寄ってまた大島小松川公園に戻ってくるというコース。
「えーっ!東京でカヤック乗れるのー?」とか聞かれるんだけど、乗れるのだ。
そして、東京は運河が多くカヤックやカヌー、SUPなんかが結構気軽にできるところなんだ。わざわざ高速道路で車に乗って遠くに行かなくてもできるんだぜぃ。
そもそも運河っちゅうのは物を運ぶ為に使われたり造られたりした川。カヤックにはもってこいの規模の大きさで、川からの東京の眺めはまた違った趣で大変よろしいのだ。
渋滞もないしね。
道路に標識や信号があるように、川にも標識や信号がある。基本的に右側通行だし、川によって優先される船の種類も違ったり。小さな運河は「手漕ぎ優先」と書いてあって、つまりカヌーやカヤックはエンジン付きの船より優先されるのだ。
僕らがカヤックに乗ってるとエンジン付きの遊覧船がエンジンを止めてゆっくりと通り過ぎてくれたりする。
カヤックやカヌーを東京でするのに気をつけなくちゃいけないのが、舟を降ろす場所である。
ここ大島小松川公園は許可なく誰でも舟を降ろせる場所なので安心。場所によっては禁止されていたり許可を必要な所もあるので確認が必要かもね。

僕が今回使ったのはアルフェックのボイジャーという二人乗りのファルトボート。組み立て式のカヤックで普段は分解して押入れの中に入れてある。
組み立て方は簡単。テントを組み立てるのと同じような感じで慣れてしまえば15分くらいで組み立てられる。
太陽に「そのフレームをそこに入れて!」とか言って手伝ってもらう。めんどくさい工程も子供は楽しいみたいだ。
「しゅとちゃん!これホントに浮くの?すげぇー!」
「ちゃんと作らないと途中で沈没するからちゃんとやれよぉ」
「うん、わかった!」
「よし!出艇だ!」

カヤックは二人の息をそろえて漕ぐ。
「イッチーニー、イッチーニー」
「しゅとちゃん!うわっ魚だー!」
「アレはなんの看板?」
川から見る東京の眺めは新鮮である。
ここが東京のど真ん中か?と思えるほど静かで自然豊かである。
川に沿って遊歩道があって散歩してる人が手を振ってくる。
太陽も笑いながら手を振り返してる。
「太陽、楽しいかぁ?」
「うん!楽しい!」
「中学校入学おめでとーな。」
「うん、ありがと!あ、鳥だ!」

2時間ほど漕いでスカイツリーの真下まで来る。
カヤックから見上げるスカイツリー。川面に映り込むスカイツリー。
お昼になったので、川にカヤックを係留してご飯を食べに行く。
「母になんかお土産買いたい!」
と太陽はお土産を探しに。
「太陽、お金持ってるのか?」
「うん、お小遣い持ってきた。」
「お土産にお小遣い使ってもいいのかぁ?」
「うん、だって母が喜ぶからいいんだ。」
「そっか、じゃあしゅとちゃんもなんかお土産買おうかな。」

カヤックに戻り乗り込む。
「太陽疲れたろ。」
「うん、でも大丈夫。」
太陽の後ろ姿を見ながら、彼はどんな大人になるんだろうと…
夕方、大島小松川公園まで戻ってきてカヤックから降りた彼は少しなんだかたくましくなってる気がした。満開の桜が太陽を迎える。

帰りの車の中、太陽が色んな質問をしてきた。
「しゅとちゃんは、どうやってしゅとカフェをやることになったの?」
「ん?そーだなぁ?。なんかよくわからないけど、いつの間にかそーなったんだよなぁ?。色んな人に助けてもらってさぁ。だから太陽、友達は大事だぞお」
「そっかぁ。友達かぁ。」
「そーだ。友達だ。友達いなかったらしゅとカフェやってないなぁ?」
彼も彼で色々と考えてるようだ。
将来のこと、やりたいこと、恋愛のことなど。
僕も答えられるだけ答えた。
「でもなぁ太陽、なんか父や母に言いにくい事があったらしゅとちゃんに相談しろぉ。俺と太陽は友達だろぉ?」
「うん、わかった!」

家に戻ると靴を脱ぎ捨て母の胸に飛び込んでいった。
「ただいまー!!母ぁ!!楽しかったよ!これお土産ぇー!!」

今回は工事中で行けなかったんだけど、二つの川の水位を合わせる水のエレベーター、扇橋閘門を通るコースも面白い。
また太陽と行きたいなぁ。

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空も飛べるはず

時々空を飛ぶ夢を見る。

その夢から覚めた時、もう少し見ていたかったなーと後悔する僕がいて、でもその日はなんだかずーっと眩しくていい一日になるんだ。

友人やらに空を飛ぶ夢を見るか?と聞いてみると大抵の人は
「見る見る!!」
「あれ超楽しいよなぁ?」
「あ、何回かは見たことあります。いいですよねぇ?」
「おー!ワシも未だに見るぞ」
と老若男女問わず人は空を飛ぶ夢を見るようである。そして、好きである。

しかし、僕の空を飛ぶ夢はまたみんなと少し違い、というか多分違うと思うのだけど、ものすごく低空飛行で、スローなのである。

地面からわずか30センチ辺りを歩くスピードより遅く飛ぶのだ。しかも飛ぶ時の助走はいつもスキップ。夢によってそのスキップのリズムなどは微妙に違うんだけどね。そのリズムをいかに早く習得するかがその夢の勝負所でもある。

低空低速なのは異様に残念なのだけれども、空を飛んでることには変わらず、好きな夢である。

夢の中で、「あっこれは飛べる夢だ!」と気付いて飛ぶ瞬間。これは何ものにも代え難い、非常に気持ちのいい瞬間である。(まぁ僕は低空飛行だけれども…)

だけど、この気持ちいい瞬間に似た経験を僕は現実の世界で知っている気がしてならないのだ。ずーっと思い出せなくてずーっと考えてたんだ。だけど知ってる感覚なんだ。
何だっけなぁと考えてたんだけど、じきに忘れて、お腹が空いたのでラーメンでも食べようかなぁとお湯を沸かす時に思い出した。

「あっ!自転車だ!!」

確か小学生低学年だったと思う。
初めて自転車に乗れたあの感覚。
「パパ!離さないでね!まだだからね!」(僕は小さい頃父をパパと呼んでた)
「わかってるよぉ?」
なんて後ろを振り返るとパパはニヤニヤして自転車を離して走ってた。
「おい!乗れてるじゃないか!おい!一人で乗れてるぞお!」
と言った瞬間にバランスを崩して転んでしまったけど、膝小僧についた土を払いながら僕は誇らし気持ちで笑ってた。

あの瞬間だ。

一度乗れてしまえばもうこっちのもん。ヨロヨロしながらも一人でいくらでも漕いだ。
「ねぇ!乗れてるでしょー!ねぇ!一人で乗れてるよー!」
「おー!乗れてるぞー!ヨースケかっこいいぞー!お兄ちゃんになったなー!」

どれくらい練習したのかはあまり覚えていないけど、何回も練習したっけ。

まずは補助輪を片方だけ外して、それから両方外して。両方とも外した時のあのたまらなく不安定な感じ。でもものすごく自分が成長したんだ。その時が来たんだ!という実感。

何度も転んだ。
泣いた。
擦りむいた。
カサブタ作った。
痣もつくった。
父や母にあたった。

だけど、乗りたいという気持ち、カッコよく乗ってる自分をイメージした。

多分、人生で最初の努力だったろう。そして初めての興奮、感動。

ヨースケ少年は少し大きくなったのだ。やり遂げたのだ。

そして、その坊ちゃん刈りのヨースケ少年はというと現在43歳。あの可愛いかった面影はもはや皆無で、頭は禿げ上がり髪も坊ちゃん刈りから坊さん刈り。

今、僕はタイとミャンマーの国境の街、メーソートのゲストハウスでこれを書いている。色々な成り行きを経て、予約制貸切カフェを営業していて、まぁ自営業ということもあり、毎年夏にひと月ほど店を閉めて旅に出ているのだ。

今年の旅はタイからミャンマーまで自転車の旅なのだ。あのヨースケ少年が人生で最初の努力で乗りこなすようになった自転車で旅に出てるのだ。

自転車の旅は海外は初めてだが、国内ではもう幾度となくしてきた。

小学校4年の時に千葉県の柏市に引っ越してきて、そこでできた友人がやたら自転車の上手な子と友達になった。

彼はウィリーといって前輪を上げて曲芸のようにして乗り回していた。その影響もあってか僕も自転車にのめり込んだ。毎日のように乗ってた。

やがて近所じゃ飽き足らず、隣の県まで遠征したり、房総半島へ自転車でキャンプに行ったりと。

彼との出会いが自転車との出会いだとずーっと思っていたのだが、それもあるがやはりあの最初に乗れた時の感動が大きかったのだと思う。

息子を持つ友人やらに「子供の自転車の練習ってやっぱり大変なのかぁ?」と聞いたりすると、「いやいや、ほとんど練習なしでいきなり乗れたよ!」 なんて話をよく聞く。

なるほど。最近じゃ三輪車なんかじゃなくてペダル無しの二輪車なんかを乗らせていると、すぐに自転車に乗れるらしく、親も自転車の練習に付き合わなくて済むようだ。

それもいいかもしれない。でもね、僕はあの大変だった自転車の練習がとても印象的なんだ。

幼い頃の父親との思い出だとまずそのことを思い出すんだ。父親との最初の特訓。キャッチボールよりも先だ。

最初全然出来ないことが出来るようになるってこと。僕はそれを自転車で覚えた。

あいにく僕に息子はいないのだけれども、この先息子という存在が出来たならば、僕は息子と自転車練習を惜しみなく付き合いたいと思う。何度泣いたっていい。いい迷惑かもしれない。

でもね。たったそんなことがあとあと大きな事になるかもしれないんだ。

自転車に乗れる瞬間。空を飛んでるようなあの感覚。息子に味あわせてあげたい。

羽が生えるんだぜ?!

息子よ!羽があればどこだっていけるんだぜ!

(あ、娘だったら二輪車で慣らちてからやりましょうね!ケガちたら危ないでちゅもんね。傷でも作ったらイヤでちゅもんね。)