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二子玉川で国宝と出逢える「静嘉堂文庫美術館」

閑静な住宅街の中にある、緑豊かな丘の上。
世界に3つの国宝・曜変天目と、受け継がれてきた文化に出逢う。
「静嘉堂文庫美術館」さんは、そんなスポットです。

■国宝を収蔵する「静嘉堂文庫美術館」とは?

1992年4月に開館した「静嘉堂文庫美術館」さんは、二子玉川駅からバスで8分ほどの距離にある、丘の上の美術館。敷地内にはほかに専門図書館の「静嘉堂文庫」などの施設があり、緑豊かな空間となっています。静嘉堂文庫美術館に入ると、すぐ右手に売店が。左手には休憩室があります。奥の左手が展示室になっており、奥の右手の階段を降りると地階講堂があって、映像や講演が催されています。こちらは展示内容ごとに変わるため、気になる方はあらかじめハローダイヤルや公式HPで調べてからお出かけするのがよいでしょう。

そもそも「静嘉堂文庫」とは何かというと、三菱の第2代社長・岩﨑彌之助氏とその息子で第4代社長である岩﨑小彌太氏の2人が蒐集した、国宝7件・重要文化財84件を含むおよそ20万冊に及ぶ和漢の古典籍(書籍)と6,500件の東洋古美術品を収蔵するために設立した施設。「静嘉堂」は彌之助氏の堂号(書斎の号)で、中国の古典「詩経」の大雅、既酔編の「籩(へん)豆静嘉」から名付けられました。静嘉堂文庫は神田駿河台から高輪へ、そして明治43年に砧村岡本に作られた彌之助氏の霊廟近くに移設され、貴重な古書や美術品が大空襲の戦火から逃れられたそうです。国宝「俵屋宗達筆 源氏物語関屋・澪標図屏風」や国宝「倭漢朗詠抄 太田切」、尾形光琳作 重要文化財「住之江蒔絵硯箱」などの有名な美術品も数多く収蔵しており、中でも世界に現存する3つの内のひとつ、国宝「曜変天目」は年に数回一般公開されているとても貴重な美術品です。

※ 「静嘉堂文庫美術館」に隣接する「静嘉堂文庫」は「一般開放していない図書館」であり、収蔵図書の閲覧には事前申請が必要です。

■多彩な企画展示(2019年には5回開催)

「静嘉堂文庫美術館」さんには、常設展示がありません。従って、時期ごとの企画展を観ることになります。取材時は重要文化財4振を含む計32振の「日本刀の華 備前刀」の企画展示と、世界に3つしか現存しない国宝「曜変天目」、その中でも最も美しいとも言われる「稲葉天目」の展示が行われていました。この時は偶然にも現存する曜変天目3つがすべて同時期に各地で公開されており、展示を見に来られた方の中には、「関西から観に来た」「ここでコンプリート」という方もちらほら。平日だというのに大変盛況で、曜変天目を観に来る方が大半かと考えていましたが、実際は時期の企画展を目当てに来られる方と半々なんだとか。「日本刀の華 備前刀」では某ゲームのおじいちゃんの声優さんが音声ガイドを務めたとあって、ゲームのプレイヤー(審神者さん)の姿も見られました。

次のページでは、国宝「曜変天目」をご紹介します!

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奥梶発どら焼き専門店「米倉商店」

どら焼きの皮を、1枚1枚ていねいに手焼きする姿。
それを小さな女の子が見つめ、1枚の絵に描いてプレゼントしてくれる。
「米倉商店」さんはそんなお店です。

■どら焼きで勝負する「米倉商店」とは?

2018年6月にオープンした「米倉商店」さんは、梶が谷駅から少し離れた「奥梶」と呼ばれるエリアでどら焼きを中心にスイーツを提供するお店。店主の米倉国利(よねくらくにとし)さんが、奥さんと一緒にお店を切り盛りしています。元々会社員だった米倉さんは、25年間勤めて「長く働いたからそろそろ好きなことをやろうかな」と考え退職。当初は和菓子全般をやろうと考えていたのですが、設備代や手間がかなりかかると分かり「どら焼きをやろう」と和菓子屋さんへ学びに行きました。「大福も好きだけど、どら焼きは日持ちがするし何より好きだったから」というのがその理由です。

店名の由来は、米倉さんの実家が過去に世田谷で駄菓子や食料品全般を扱う「米倉商店」というお店をやっていて、名前をそのまま引き継いだ形になります。結婚した当初から高津区に住んでいて、近いところ、慣れ親しんだところがいいと駅近くで物件を探しましたが見つからず、しかし「のんびり無理せずやって行こう」と現在の住所で店舗の営業を始めました。お客さんはご近所さん、それも比較的若い方が多く、お母さんに手を引かれた小さなお子さんの姿も。また、当webサイトのコンセプトと同じく「バスから店を見ていて気になっていた」という方も多く来店されるそうです。

■すべて手作りだから、心のふれ合いも生まれる

「お店をやっていて嬉しいのは、リピートしてくれるお客さんの存在です」と米倉さん。また、子どもが店内でどら焼きをモグモグ食べてくれるところを見ていると「作った甲斐があったなあ」と、とても嬉しいそう。米倉商店さんのどら焼きは大きめなのですが、小さなお子さんでもぺろりと食べてしまうのだとか。会社員時代はお客さんが実際に商品を使っているところを見ることはあまりありませんでしたが、この仕事ではすべてお店で手作りしているので、材料から生まれたどら焼きを美味しそうに食べているところまで見られるのです。

ある日、近所の女の子が、米倉さんがどら焼きを焼いているところをガラス越しにじっと見ていました。そしてそのしばらく後に、働いている姿を絵に描いて持ってきてくれたそうです。実際にその絵を拝見したところ、作り方などを事細かに聞かれた結果「図解・米倉商店のどら焼き製造法!」のような力作となっていました。これは本当に嬉しかったそうで、女の子にもらった絵は今でも大切にされています。

次のページでは、どら焼きなどの人気メニューをご紹介します!

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心安らぐ多摩区の森カフェ「カフェテリアTARO」

生田緑地の自然に包まれて、今日も喫する一杯のコーヒー。
アートな空気に満たされて、いつも味わうスタッフの笑顔。
「カフェテリアTARO」さんはそんなお店です。

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自然に包まれた芸術の森「川崎市岡本太郎美術館」

岡本太郎の作品に出逢い、触れて、楽しむ。
赤ちゃんも大人も楽しめる、原色多めの彩豊かな空間。
「川崎市岡本太郎美術館」は、そんなお出かけスポットです。

■体感できる美術館「川崎市岡本太郎美術館」とは?

川崎市の緑豊かな生田緑地の中にある川崎市岡本太郎美術館は、太郎さん本人が存命中に川崎市へ自分の作品の多くを寄贈したことに端を発し開館しました。生田緑地を散策しつつ家族みんなで何世代にも渡って楽しめる場所として、近所の方からも親しまれているここは、美術館としては珍しく、一部展示物に触れられる・撮影できるということで「体感できる美術館」と言われているのです。

岡本太郎さんの作品は数多くあり、巨大建造物から実際にお店で使われていたマッチ箱まで多種多彩。みなさんのご家庭にも、グラスや小物などが残っているかもしれません。これだけ個性の強い芸術家でありながらメディアへの露出も多く、かつて「岡本太郎」と言えば「芸術は、爆発だ!」と叫ぶTVCMでお茶の間にもお馴染みでした。なお、企画展は開催されていますが常設展は2019年10月18日まで工事のため休館中なので、最新の情報は岡本太郎美術館のHPをご確認ください。

撮影可能・接触可能な展示物は一部なので、エリア・作品ごとに必ず確認してください。

■エントランスを抜けると、そこは芸術の洞窟

受付のあるエントランスを通り、まずは真紅に染まった「太陽の顔」から。みなさんご存じ「太陽の塔」の正面にあり、「現在」を表現している顔です。まずは最初にここに入って、その威容を拝むことになります。取材時の常設展示には順路がなく、薄暗い迷路のような空間を歩きながら、岡本太郎の作品とばったり出逢う……というコンセプト。それぞれの部屋が多角的につながっているため、展示されている作品も多角的な方向から観覧できる空間になっていました。

入り口近くの一室は、父・一平さんと母・かの子さん、そして太郎さんの3人に彩られた部屋。ここには岡本太郎という人の生きた歴史が刻まれています。壁に開けられた穴の向こうには、太郎作品の写真がずらり。年表もそこに記されており、「対極主義」についても終戦後から提唱したことが分かります。何に影響を受けたか、どんな経験の後にどんな行動を起こしたか、どんな作品を遺したかが分かるので、展示作品を観るための事前準備には最適だと言えるでしょう。この空間には映画『宇宙人東京に現わる』のパイラ人の目のようなものがあり、私たちを見つめていました。

そして、展示室内には「太陽の塔」の1/50サイズの模型もあって、終始ぐるぐる回っています。ここで注目したいのは、太陽の塔の図面と生命の樹の図面が展示されているところ。生命の樹に描かれた精細な動物の絵は必見です。

次のページでは、触れられる展示・パブリックアート・岡本太郎の想いなどをご紹介します!

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ドラえもんも待っている「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」

「幼きあの頃」を思い出した大人が子どもに戻って、1日中楽しめる。
F先生のまんがへの想い、家族への想い、世界中の子どもたちへの想いが垣間見れる。
「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」は、そんなお出かけスポットです。

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宮前平駅発! 早起き市場メシと和洋太麺を堪能♫

本日の「たび」プラン
7:59に宮前平駅から出るバスに乗って、目指すは川崎市北部市場。朝ごはんの市場メシに舌鼓を打ちつつ、市場の雰囲気も楽しむ旅をご提案。
お昼には、バスで数分の距離にある手打ち讃岐うどんや太麺ナポリタンを堪能しつつ、自家製コーヒーゼリーの上に咲いたバラの花アイスを味わいましょう!

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プロの目が光る北部市場の仲卸直営!「天秀」

その日仕入れた新鮮な魚を、仲卸直営店が「プロの目」で提供。
企業の食通社長や、世界的に有名な指揮者も足繁く通う。
「天秀」さんは、そんなお店です。

■てんひで? てんしゅう? 「天秀」とは?

「天秀」さんは、昭和57年の4月1日に北部市場3階の食堂街に開店しました。当初は「てんしゅう」という呼び方でしたが、現在の常連さんは「てんひで」と呼ぶそうです。市場内での呼び方も人によって違いますが、どちらの呼び方でもよいとのこと。社長は三代目の池上ひろみさん。オーナーは、北部市場で仲卸を行っている株式会社大進水産社長の千島(ちしま)さんが兼務しています。終始朗らかなトークを展開する千島さんは、18歳の頃に東神奈川本庄の有限会社元初商店で経歴をスタートしました。以降、長年魚を扱う世界で働いている魚のプロ。つまり天秀さんは、仲卸さんが自信を持って料理を提供するお店……ということになります。

■「FNCC機構」の謎に迫る

天秀さんのコンセプトは「一期一会」。店内にも大きく飾られたその言葉は、千島さんの好きな言葉です。国内での全体的な漁獲量が減り海外からのものが80%になって、セリの醍醐味が薄れてしまった今だからこそ、北部市場やお店に来られた人たちとの縁を大切にしたい……という想いが込められています。

そんな想いを持つ千島さんは、人当たりがとても柔らかく遊び心のある方。自ら提唱する「FNCC機構」(FRESH/新鮮で、NEEDS/求められているものを、COST/安く、QUICK/素早く)にて、お客さんに商品を提供するという取り組みを行っています。市場なので新鮮でいいものは間違いなし、安く素早くは企業努力の賜物。「QUICKの頭はCじゃない」というツッコミは聞こえません。このネーミングには、思わずニヤリとしてしまいました。

天秀さんもよしむらさんと同じで朝は早く、千島さんは朝2:30には市場に来て、天秀店舗の開店準備をします。シャッターを開けて電気を点けて空調を入れて冷蔵庫から品物を出した後に、一度鍵をかけて仲卸側の業務を開始……というハードスケジュールをいつもこなしているのです。次は、そういった日々の積み重ねから生み出されたメニューをご紹介します。

次のページでは、仲卸さんが自信を持って提供する料理をご紹介します!

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佐賀牛などの国産黒毛和牛を市場で味わう「よしむら」

ステーキも、お刺身も、天ぷらも、すべて一度に楽しめる場所。
友人の想いを胸に「よしむら」の名を受け継いだ料理人が、人と人とのつながりを大切にして腕を振るう場所。
「よしむら」さんは、そんなお店です。

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海鮮丼の行列店「そば処 さか本」

魚に静かなる情熱を抱いた料理人が営む、三代続く繁盛店。
小さなお子さんから祖父母までが親子三世代で訪れる――
「そば処 さか本」さんは、そんなお店です。

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川崎市宮前区「綾」で修行「純手打ち讃岐うどん 蓮」

本格手打ち讃岐うどんのお店で、親に連れられた「小さな常連さん」が、「いつもの!」と満面の笑顔で注文する。
「純手打ち讃岐うどん 蓮」さんは、そんなお店です。

■「綾」と「蓮」とは?

東名川崎ICや川崎市中央卸売市場のほど近くにある「純手打ち讃岐うどん 蓮」さんは、昼時ともなると手打ちうどんを求めて多くの人が訪れる人気店。この場所は元々「讃岐うどん綾」という人気店があった場所で、「蓮」店主の伊東浩邦(いとうひろくに)さんは、そのお店で修行されていた方なんです。「綾」での修行が終わり、和食のお店へ修行に行っている間に「綾」の親方が店を閉めてしまったため、店舗をほぼ居抜きで引き継ぎました。変えたのは壁紙とのれんと天ぷらのショーケースくらいで、香川県のようなセルフ形式はやめたそう。なお「綾」の閉店が2017年の5月、「蓮」の開店が2年前の2017年9月となっています。

「自分の店になってから離れてしまった綾時代のお客さまもいらっしゃるし、この場所で続けてくれてありがとうと言ってくださる方もいらっしゃいます。和食の修行時代に1年間うどん作りから離れていたので、綾の味を求めて来られた方の中にはがっかりされた方も多かったのではないでしょうか」と伊東さん。期待に応えられていないところはあったと述懐します。しかし、現在「蓮」さんでうどんを食べているお客さんの顔を見ていたところ、みなさん満足そうにうどんを食べていました。

■人の成長を見守る「行きつけの店」になりたい

現在の客層は「綾」時代のお客さんも多く、親方のこだわりが好きだった方々。綾の親方はまだ40代であったため「親方と呼ぶのはやめて」と言われて名前で呼んでいたそうですが、昔からの讃岐うどんを学び修行して、寡黙で口数も少なく「見て学べ」と考えている……これは「親方」ですね。間違いない。

時には5歳くらいの小さな子が「いつもの!」と注文するのだとか。そんな時は「お子さんに食べてもらうのが一番嬉しいです」と伊東さん。子どもは美味しくなければ食べないし、美味しければ1杯でも2杯でも食べる。小さい内から食べてもらって、成長するにつれて何度も来てくれる、そのうちに同級生とか彼女とかと一緒に来てくれたりして、地域でやっていくならそんなお客さんとのつながりややりとりも必要になってくる……と考えています。

店名の由来は、「蓮」に人から人へつながるという意味があり、「信頼できる情報や味としてつながっていってくれたらな」というところから採用。のれんの文字は奥さんの手書きです。そして「蓮(ハス)の花は沼地にキレイな花を咲かせる。どんな場所でもどんな状況でも、キレイな花を咲かせたい」との想いから蓮の花をモチーフに使用しています。今の世の中のものは「お客さん目線」と言いつつもそうなっていないことの方が多い。だからせめてこの場所は、気軽に食べて気軽に帰れる居心地のいい空間にしていきたい……それが今後の課題だと語ってくれました。

次のページでは、極太もまぶしい蓮の手打ちうどんをご紹介します。天ぷらも絶品!

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川崎ICの上にある一軒家イタリアン「Pizza House mocco」

変わらぬ味と、変わらぬ空間を求めて集う人々。
建物は古くても、「そこにずっとある」という暖かい安心感。
「mocco」さんは、そんなお店です。

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日吉で愛され半世紀。バウムクーヘンの「パティスリー リンデンバウム」

「最初から成功した味はない」からこそ、情熱を持って変化し続ける。
変わらない味と変わっていく味のバランスを常に考えて、今日も手焼きで丁寧な「職人仕事」を続けていく。
「リンデンバウム」さんは、そんなお店です。

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