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災害事例を「わがこと」として学び避難行動につなげる vol.3

今回の専門家

室田 哲男 氏
政策研究大学院大学
防災・危機管理コース 特別講師

3度にわたる土砂災害で明らかになった課題と教訓に学ぶ

広島では、平成の間に3度大きな土砂災害が起きたというお話をしました。この3度にわたる広島の土砂災害は、雨の降り方や発生場所も異なり、それぞれ異なる課題が明らかになりました。このため、その都度徹底した検証が行われ、教訓を導き出して、その後の防災に活かされています。しかしながら、犠牲者がゼロになったわけではなく、課題が残されていると言えます。これから、一つ一つの災害で明らかになった課題と教訓を、順次ご紹介したいと思います。

一度目の平成11年6.29豪雨災害は、梅雨前線の活発化に伴う集中豪雨によるもので、市内で死者・行方不明者が20名に達しました。被災した地域では、土砂災害の恐れのある斜面まで宅地が開発されていました。しかも、新たな宅地開発が進むことにより、土砂災害の恐れのある箇所も年々増加していました。一方で、被災した住民の多くは、土砂災害の危険性の認識のないままに危険な場所に居住していました。

こうした状況に歯止めをかけるため、災害発生翌年の平成12年には土砂災害防止法が制定されました。この法律では、土砂災害の危険性が高い区域をイエローゾーン、レッドゾーンに指定し、第一に住民に危険性が高い区域を周知する、第二に情報伝達、避難場所・避難路等の警戒避難体制を整備する、第三にレッドゾーンにおいて開発行為の制限、既存宅地の移転促進等を行う、などが定められています。

二度目の平成26年8.20豪雨災害では、市内北部の丘陵部の一部で、猛烈なゲリラ豪雨に突然見舞われ、土石流やがけ崩れが同時多発的に発生し、市内で死者が77名に達しました。急激な気象変化に伴う突発的・局地的な豪雨であったため、災害発生の予測が難しく、避難指示等の発令は災害の発生した後となりました。こうしたことを踏まえ、広島市では、災害応急対応の全般にわたって徹底的な検証を行いました。その結果を踏まえ、危機管理体制や警戒避難対策の大幅な見直しを行いました。中でも、急激な気象変化に対応するため、降雨や気象状況に関する情報分析の時間間隔を 、システムを導入することによって短縮するとともに、避難指示などをどのタイミングで発令するかについて基準を明確にしました。

こうした行政内部の課題に加えて、被災被した地域には、イエローゾーン、レッドゾーンの指定作業が完了していない区域が多かったため、土砂災害の危険性が高い地域に居住しているにもかかわらず、危険性を認識している人が少ないという課題がありました。このため、危険な渓流や急傾斜地等については、区域指定の前であっても、住民に危険な区域として周知することにしました。こうした取り組みにもかかわらず、このわずか4年後に平成30年7月豪雨災害が 発生し、再び土砂災害によって多数の犠牲者を出すことになりました。

三度目の平成30年7月豪雨では、梅雨前線の活発化に伴い、西日本一帯で記録的な豪雨となり、甚大な被害が生じました。広島市においても、この豪雨により東部の丘陵部において土砂災害が発生し、市内で死者・行方不明者が25名に達しました。この災害では、先ほどお話しした平成26年8.20豪雨災害の教訓を生かして、災害発生前の早いタイミングで避難勧告が発令され、避難場所の開設も行われました。また、平成26年の災害の後イエローゾーン、レッドゾーンの指定作業が進み、平成30年の豪雨災害で被災した箇所の多くはイエローゾーンやレッドゾーンとなっており、これらの区域の住民には、土砂災害の危険性について事前の周知が行われていました。

このように、被災した地域の住民は避難するのに十分な時間的余裕があり、しかも自らが居住する場所の危険性を認識していたはずだったと言えます。にもかかわらず、実際に避難行動を取った人の割合は小さく、多くの人命が失われる結果となりました。「いかにして、実際の避難行動を引き出すか」という点では、過去の災害の教訓を十分に生かせず、十分な成果を上げることができなかったと言えます。

災害の危険性が高い区域でも、避難した人はわずか22%

この平成30年7月豪雨災害を受けて、広島市では、災害時の避難行動についてアンケート調査を行いました。アンケートの対象は、イエローゾーン、レッドゾーンなどの土砂災害の危険性が高い区域の住民、すなわち自ら居住する場所の危険性を認識していた人です。

その結果を見ると、避難行動の有無については、「避難した」人が22%にとどまり、「避難しなかった」人が74%でした。避難した人に、避難した理由を聞くと、周囲の状況や防災気象情報をもとに、自ら避難を判断した人が最も多くなっています。また、家族、近所の人、消防団などに勧められて避難した人も多く、身近な人等による声かけの効果が高いことがわかります。

一方、避難しなかった人にその理由を聞くと、「被害にあうとは思わなかったから」が最も多くなりました。必ずしも明確な根拠がなく「自分は大丈夫」 と思い込んでしまう、心理学の用語で「正常性バイアス」が働いたことがうかがえます。また、「避難する方がかえって危険だと思ったから」、「避難場所での滞在が不安だったから」などの回答の割合も高く、避難の際のリスクや避難場所への懸念が判断に影響を与えていることが分かります。さらに、「近所の人が誰も避難していなかったから」、「誰からも避難を勧められなかったから」などの回答も相当数あり、周囲の人の行動や声がけが判断に影響していることが分かります。

避難に対する日頃からの備えと避難行動との関係を見ると、避難場所・避難経路の確認や市防災情報メールの登録など、日頃からの備えをやっている人の方が、若干ではありますけれども避難した割合が高くなっています。日頃の備えが、十分とは言えないものの、一定の効果を上げていると言えます。

※今回のインタビュー記事は、「FM salus」が過去に放送した「サロン・ド・防災」の内容を、一部改定して掲載しています。