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災害時に備えるトイレ vol.1

今回の専門家

山本 耕平 氏
株式会社 ダイナックス都市環境研究所
代表取締役 会長

プロフィール

私はこの番組、サロン・ド・防災に2005年に出演させていただいており、今回が2度目になります。私の本業は、ダイナックス都市環境研究所というシンクタンク、コンサルタント会社で環境や防災関係の仕事をしています。特にクライアントは行政が多いので、国や東京都、港区、横浜市などの市町村のいろいろな計画の作成や調査の仕事を行っています。

もう一つは、一般社団法人日本トイレ協会の運営委員と災害・仮設トイレ研究会の代表幹事をやっております。この日本トイレ協会は1985年に立ち上げた組織で、実は私はその創立者の主なメンバーの1人です。このトイレ協会を設立して以来、ずっとトイレの問題に関心がありまして、仕事としてではなく、世の中のトイレをもうちょっと良くしたいなという思いで活動を続けています。近年の日本のトイレは随分良くなりましたけれど、当時は本当に3Kとか4Kとか言われるような状態で、あまり良いトイレの環境ではなかった時代でした。その時に、「もうちょっとトイレを良くしたいな」ということで活動を始めて、その流れで最近では特に「災害時のトイレ」について研究会を作ったり、情報を発信したりしています。

私が防災に関わるようになったきっかけは、やはり1995年の阪神淡路大震災です。私は現在東京で仕事をしておりますけれど、大学を卒業して6年間、神戸市役所に籍を置いたことがありまして、その時に結婚したので、妻は神戸の出身です。私は姫路の出身なのですが、阪神淡路大震災の時に、妻の家が全壊して、家族はやはり大変な思いをしました。それがこの防災に非常に関心を持つことになったきっかけです。当時は、ボランティアも含めていろいろな活動をしました。それ以来ずっと防災に関心を持ってやっています。

災害とトイレ

現在、日本トイレ協会から「進化するトイレ」シリーズとして、3冊の本を出版しており、私が編集代表をしています。「災害とトイレ」「SDGsとトイレ」「快適なトイレ」という、3部作が、ちょうど出版されたばかりです。

過去の災害においても、トイレについてはいろいろな問題が起きてきましたが、阪神淡路大震災の時に、トイレの問題が非常に深刻な問題として顕在化しました。その後大きな災害がいくつもあって、毎回トイレのことが問題になっています。その一方で随分対策も進んではきていますが、まだまだ対策が十分ではない部分がありますのでそのことについて少しお話しさせていただければと思います。

私が災害におけるトイレの問題に関心を持ったきっかけは、阪神淡路大震災の際のトイレの状況です。私が神戸市役所にいたときに、廃棄物やし尿処理のセクションに4年ぐらい籍を置いていたことがありました。震災が起きた時には、自分の家族のことも心配だったのですが、「トイレどうなっているんだろう?」と思い、市役所を訪れ、現場の責任者から、いろいろ事情をお聞きしましたが、実は、その時にはあまり市役所の方はこのトイレの問題を深刻に捉えてはいませんでした。

実際現場では非常に深刻な事態が起こっていたのですが、連絡網が途絶えていてトイレが大変だという情報があまり届いていませんでした。市役所の方から、「状況が分からないので調べてほしい」という依頼がありまして、全国のトイレの関係者の方に呼び掛けをして、トイレボランティアを組織すると、相当な数のボランティアが集まりました。彼らと共に、市内の主な避難所を回ったり、公園などのトイレの状況の調査をして、市役所の方にどこにどんな問題があるか、どんな資材が不足しているか、ということを報告しました。

阪神淡路大震災の時には、すでに神戸の被災地はほとんど水洗トイレだったので、「汲み取りのトイレは使った経験がない」という若い人も随分いて、仮設トイレというのは基本的には汲み取りトイレなので、使い方がよく分からず、「便槽がいっぱいになっているので、汲み取りに来てくれ」という依頼が、今度は市の方にどんどん上がってくるようになりました。実際に現場を見に行くと、実は便槽はそんなにいっぱいになっていないにもかかわらず、使っている人からすると「もう溢れてしまうのではないか」と思っているということもあって、われわれは、汲み取り式トイレの使い方を指導することになりました。

汚い話で恐縮ですが、皆さん、災害時にはなるべくトイレに行きたくないと考えるせいで、水分を取らないために、トイレの中にだんだん富士山みたいに、あるいはたけのこが盛り上がるみたいに、便が積み上がっていくので、のぞくとせり上がってきて山がどんどん大きくなるみたいになってきます。便槽は横に広く容量はあるので、山になっているところを上から突き崩していけば、まだ大丈夫なのですが、そういうことが全く知られていませんでした。私たちボランティアは、それをやってみせながら、自分たちでもやってくれるように依頼して、チラシを配って回りました。

皆さんの中には、「トイレに困ったら穴を掘ればいいや」などと思っている人も結構いるかもしれませんが、都会ではなかなか穴は掘れません。掘っている人もいましたけれど、人の力では、せいぜい1メートルも掘れません。自衛隊が校庭に重機で掘った穴のトイレもありましたけれど、ほとんどそういうものしか役に立っているものはありませんでした。当時は災害時のトイレの備えは全くなかったので、本当に大変でした。

地震から少しして、いろいろな自治体から工事現場によく置いてあるような仮設トイレが届きましたが、地震発生からすぐには届きません。仮設トイレをトラックに乗せて運んでくるわけですから、車が渋滞したり、道路事情が悪いような所だったら配達ができません。そのため、各避難所に行き渡るまでやはり相当な時間がかかりました。その間、やはり皆さん、大変な思いをされていました。

※今回のインタビュー記事は、「FM salus」が過去に放送した「サロン・ド・防災」の内容を、一部改定して掲載しています。