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災害事例を「わがこと」として学び避難行動につなげる vol.1

今回の専門家

室田 哲男 氏
政策研究大学院大学
防災・危機管理コース 特別講師

プロフィール

私は総務省の出身で、 東日本大震災をはじめ、多くの大規模災害において、政府の一員として応急対策に従事した経験があります。中でも総務省の一セクションとして、消防庁がありますが、消防庁の防災対策を総括する立場として、平成26年に広島で発生した8.20豪雨災害、御嶽山噴火災害などにおける応急対策を指揮しました。このほか、地方自治体の危機管理体制の強化や、消防団や自主防災組織などの地域防災力の強化にも取り組みました。

また、広島市副市長として、平成26年8.20豪雨災害を踏まえた、広島市の危機管理体制や警戒・避難対策の見直しと、その運用を総括した経験もあります。

現在は総務省を退職し、政策研究大学院大学 防災・危機管理コースや東京大学のDMTCなどで講師を務めています。DMTCとは、災害対策トレーニングセンターのことで、災害対策に関する実践的な知識やノウハウが学べるものです。現在は基礎コースが開講していて、オンデマンドでいつでもどこでも誰でも学ぶことができます。ご関心のある方は、ぜひ一度ホームページを覗いてみていただければと思います。

防災と関わる転機となった二つの災害

私自身が 防災に深く関わる転機となった災害が二つあります。一つは、平成23年の東日本大震災です。それまでは、総務省などで、主に地方自治関係の仕事に携わってきており、東日本大震災の発生時も、地方創生を担当するセクションにいましたが、全省庁を挙げての災害対応が必要になり、私も発生直後から応急対策に従事することになりました。

当時、私が担当したのは、被災した市町村の行政機能の回復に向けた支援です。東日本大震災は、ご承知の通り、甚大な人的・物的被害をもたらしました。沿岸部の多くの市町村では、津波で庁舎が損壊したり、多くの職員が被災したり、住民基本台帳や戸籍などの行政データが流出したりしました。このように、被災した市町村では、人・モノ・情報の多くを失ってしまい、行政機能が著しく低下しました。市町村は、言うまでもなく最も現場に近い災害対策の拠点です。被災者の支援や復旧・復興を進めるためには、まずは市町村の行政機能の回復が最優先の課題となりました。

このため、応援職員の派遣、仮設庁舎の建設、情報システム整備に対する財政支援など、総務省内の支援策の取りまとめに奔走しました。想定外のことが次々に起こる中、走りながら考える毎日が続きました。総務省における応急対策は、当時の片山善博総務大臣自ら陣頭指揮を執られました。片山大臣は、鳥取県知事時代に発生した鳥取西部地震の経験を基に、現場の視点に立った的確な指示をスピーディに出され、学ばせていただいた点も多かったです。片山大臣は、「現場の市町村に寄り添う気持ちで仕事をして欲しい」と常々仰っていましたが、これがどこまで実行できたか自信はありません。けれども、現場とともに悩み、一緒の方向を向いて努力することは、少しはできたのではないかと思っています。

私が防災と関わる転機となった災害の二つ目は、平成26年に広島市で発生した8.20豪雨災害です。発生時は、消防庁の防災政策を総括する立場として、消防庁の応急対策の指揮に当たりました。その翌年、広島市副市長となり、この災害で明らかになった災害対応の課題を踏まえて、広島市の危機管理体制や警戒・避難対策の大幅な見直しを総括することになりました。

このように、平成26年8.20豪雨災害には、消防庁と広島市の2つの立場から関わることになりました。この経験を広く共有することが、各地域の防災力の向上に少しでもお役に立てるのではないかと考え、今でも全国各地で話をさせていただいています。こうして、この災害が第二の転機となって、総務省退職後もライフワークとして防災に取り組むことになりました。

他地域の災害事例を「わがこと」として学ぶ

消防庁にいた時のことですが、大規模な災害が発生した際に、被災した市町村では、警戒体制に不備があったり、避難指示等の発令が遅れたりする事例が相次いで生じました。こうした行政の初動対応の不備は、マスコミ等から厳しく指摘されることになりました。市町村や防災関係機関の職員、地域の防災リーダーにとって、災害時には想定外のことが次々と起こる中、普段とは異なる膨大な災害対応業務を迅速・的確に処理することが求められます。また、住民の方には自らの命を守るため、先を見越した早め早めの行動が求められます。その際に最も重要なのは、「この先に何が起こるのか」ということを見通す想像力です。ところが、災害対応の経験がない場合には、先のことを想像するのは難しいのです。

全国レベルでみると、最近は少なくとも年に1、2回は多数の犠牲者が出るような大規模災害が発生しています。このため、国の職員等には、大規模災害への対応のノウハウが蓄積し、「今後どのように事態が進展するのか」「最優先でやるべきことは何か」などについて想像することができ、先手先手の対応が取れるのです。

これに対して一つ一つの地域にとってみると、大規模災害は10年に1回起こるかどうかでしょう。このため、大規模災害に対応した経験がある市町村等の職員や関係者はほとんどいないということになります。住民にとっても、自分の住んでいる地域に大きな被害をもたらすような災害を経験したことがある人は、ほとんどいないということです。このため、近年に災害が起こっていない地域では、他の地域で起きた災害の教訓を「わがこと」として捉え、学ぶことによって想像力を養っていく必要があります。

※今回のインタビュー記事は、「FM salus」が過去に放送した「サロン・ド・防災」の内容を、一部改定して掲載しています。