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【防災インタビュー】コミュニティを守る「地区防災計画」vol.2

今回の専門家

金 思穎(きん しえい)氏
専修大学 人間科学部研究員
専修大学 社会知性開発研究センター客員研究員
福岡大学法学部 非常勤講師

「地区防災計画」と柳田國男

あまり知られていないのですが、この「地区防災計画」は、日本民俗学の創始者で「遠野物語」で有名な柳田國男さんの影響を受けていると言われています。

柳田國男さんは、戦前、農商務省の職員で、農業振興のための政策立案を担当していました。政策立案をしても、農業は地域によって気候も土地の状況も異なるので、上意下達で全国統一的にやっていてもうまくいかなかったため、柳田國男さんは、地方の現場に足しげく通って、どのような農業がそれぞれの地方に適しているかを丁寧に調べました。そして地域ごとに柔軟に農業政策を作って、成果を上げました。そして、地方を回った時に地元の人から聞いた民話を個人的にまとめたのが「遠野物語」で、後に日本の民俗学を確立することになりました。この柳田國男さんの地方の現場を重視する考え方を「現地調査主義」といいます。実は地区防災計画の政策立案にも、この「現地調査主義」が生かされました。

また、東日本大震災後に内閣府防災担当で地区防災計画制度を創設し、その後に地区防災計画学会を立ち上げ、大学に出向されて地区防災計画学の理論を深められた西澤雅道先生という方がいるのですが、この西澤先生は、柳田國男さんの現地調査主義の影響を強く受けていて、多忙な公務の合間に、地方のコミュニティ防災の現場を回り、住民の方や現場の職員の方の知見も集約して、住民の命を守るための地区防災計画制度を創設しました。

柳田國男さんも西澤雅道先生も、現場のコミュニティに頻繁に通って、現場の人たちの意見も聞きながら、住民のために現場で役立つように、丁寧に制度を創設したのです。このような成り立ちで地区防災計画が出来上がり、それまでは中央省庁主導の上意下達の防災行政の仕組みが、地区防災計画制度の導入後は住民主導型でボトムアップ型になったと言われており、それによって、この制度が立ち上がって6年たった現在、全国4000以上の地区に、地区防災計画が短期間で広まっていっています。

地域の特性に沿った「地区防災計画」による備え

実は、地区防災計画は、近年の水害に対する対策でも大きな役割を果たしています。例えば、以前から河川氾濫によって大きな被害を受けていた愛媛県大洲市三善地区の事例では、2018年の西日本豪雨の際には、コミュニティの地区防災計画に従って、住民同士で声を掛け合って早期に避難することができました。この地区のコミュニティではゴムボートを保有しており、逃げ遅れた住民も地区で準備していたボートで最後の一人まで救出しました。

その後の河川の氾濫によって、避難所の公民館が浸水しましたが、浸水前に住民たちが自ら判断して、高台の変電所に避難して難を逃れました。コミュニティが連携して地区防災計画を作成し、日頃の防災活動もしっかり行っていたことから、このような想定外の事態にも柔軟な対応ができ、住民全員の命が救われたわけです。

現在はコロナ禍で大変な時期ですが、地区防災計画制度はコロナのような感染症の対策にも役立っています。2020年10月10日に開催された「ウィズコロナ時代のコミュニティ防災」というオンラインシンポジウムに登壇した時に紹介したのですが、地区防災計画学会がオンラインシンポジウムの参加者600名の方に対して実施したアンケート調査によると、2割の方がコロナ発生以前から地区防災計画づくりのようなコミュニティの防災活動の中で感染症対策の備えをされていて、そのような備えがコロナ対策でも有効だったという結果が出ています。

地区防災学会のシンポジウムには、防災に関する意識の高い方が多かったということもあると思いますが、2割の方が感染症対策に取り組んでいて、コロナ対策でも効果があったと回答されたのはすごいことだと思いました。

※今回のインタビュー記事は、「FM salus」が過去に放送した「サロン・ド・防災」の内容を、一部改訂して掲載しています。