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地域の美術館として今できることを「世田谷美術館」

2020年の夏、世田谷美術館のある展示が大きな話題を呼んだ。

「作品のない展示室」

本来は作品を飾るための展示室に何も飾らず、来場者は広々とした空間とそこから見える緑を楽しむ、という奇策ともいえる展示が話題を呼び、新聞各紙やSNSなどで取り上げられ、6月3日~8月27日、47日間の会期中に16,625人の方が訪れた。

「大変な状況だけど、こんな時だからこそ、みんな自分の『好き』に向かっていると思います。その中で世田谷美術館を大切に思ってくれる人たちがいる。いまはその気持ちに応えたいと思っています」

そう語るのは世田谷美術館の副館長であり、学芸部長の橋本善八さん。
橋本さんに、これまでのコロナへの取り組みと今後の展望について話を伺った。

「今回のことで世田谷美術館を支えてくださる方々のありがたさを再認識しました」と語る世田谷美術館・副館長・学芸部長の橋本善八さん。

2月頭に対応マニュアルを作成

―世田谷美術館は2020年3月30日~6月1日まで休館となりました。それまでにどのような準備を進めていましたか?

2月頭には臨時休館になった場合のマニュアル作成を始めていました。あの頃は、まだ数ヶ月で終わるのではという楽観ムードや様子見のムードもあったのですが、私は毎朝ワールドニュースを見ていて、これは大変なことになるぞ、と思っていました。

―休館といってもすでに準備していた展示もあったと思います

今年度の企画展はすでに決定しており、年間予定表も完成していました。

一般的に企画展は、だいたい3〜4年前から準備を進めています。休館となれば実現に向けて何年もかけて動いていた展覧会ができなくなってしまう。止めたとしても今度は保障の問題も出てくる。でも、そんなことも言っていられない状況でした。

来場者の安全を確保しなくてはいけないし、世田谷美術館には、職員の他に警備や清掃を担当する方など約100名以上が関わっており、その全員の安全も考えなくてはいけません。休館については、区からの連絡で決定しましたが、その頃には、その覚悟はできていました

作品のない展示室の誕生まで

世田谷美術館は、2020年3月31日に臨時休館に入り、6月2日に休館が明けた。

みんなが再び集まった当日、橋本さんは学芸部の主要メンバーを集め、今後についての話し合いを行った。

海外からの作品借用をしての展覧会を諦め、所蔵品を使った展示に切り替えるなど、様々なことを決めていく中で大きな課題となったのが、目の前に迫った7月から8月にかけて1階の展示室のスケジュールが空いていることだった。新たな展示をするにしても準備には数ヶ月はかかる。

解決法が無いように思えた問題に対して、出席者の一人が「展示室そのものを見せたらどうかな」と発言したという。

少しの沈黙の中で橋本さんは、その案の可能性を考えたという。世田谷美術館の強みが建物にあることも事実だった。

設計を担当した建築家の内井昭蔵氏は建築の際に「生活空間としての美術館」「オープンシステムとしての美術館」「公園美術館としての美術館」というコンセプトを掲げた。そのため、通常の美術館には作品の劣化を防ぐために、外光の入る窓が無いのが常識だが、世田谷美術館には窓があったのだ。それはコンセプトにある「公園美術館としての美術館」に沿ったものであり、その窓の向こうには夏の日差しを受けた豊かな砧公園の自然が見えていた。

―「作品のない展示室」は上手くいくという確信はあったのですか?

これが来館者に受け入れられるかは正直分からなかったです。ただ、公園美術館である世田谷美術館にしかできない企画であり、コストも多くはかからない、準備も最小限ですますことができる、それならやってみようと思いました。

―「作品のない展示室」の狙いはなんだったのでしょう?

来館した人は壁が取り払われた広々とした空間で窓から見える緑を楽しむ、それだけです。でも、毎日不安になるニュースを聞いたり、遠出ができないなど、多くの人がストレスを抱える中で、少しでも癒しの時間を提供できればと思いました。

―8月27日に終了しましたが、結果はいかがでしたか?

最初はスロースタートでしたが日に日にTwitter、Instagramでの投稿が増えていきました。また来館者に行ったアンケートを見ると、85%が都内在住の方でした。普段は60%ぐらいが都内で、それ以外は県外の方になりますが、時期が時期だけに都内の人が圧倒的に多く、都内以外の方も東急線沿線の神奈川の方が多かったですね。

2020年夏に開催された世田谷美術館の「作品のない展示室」は大きな話題を呼んだ。

世田谷という土地だから実現した収蔵品の数々

世田谷美術館には2つの役割がある。1つが年間でスケジュールを組んだ企画展の開催。もうひとつが博物館としての役割である作品の収集、保存だ。

―世田谷美術館の収蔵作品はどれぐらいあるのですか?

当館では現在約1万6千点を所蔵しており、いまも毎年数百点は増えています。美術作品という人類共有の財産を調査・研究し、収集事業を進めて100年後、大げさにいえば1000年後の人たちに残していく。これは美術館の大切な役割の一つです。

―それはすべて購入するのですか、それとも寄贈もあるのでしょうか?

世田谷区には芸術家の方やコレクターの方が多く住んでいます。そうした方が亡くなった後に遺族などから寄贈いただくケースが多く、価値が高いものも多い。それは世田谷区だからこそのメリットと言えると思います。

―収蔵作品が多いことはこの状況ではかなり大きかったですか?

海外の作品を日本に持ち込む場合は、必ず所蔵館の現地の職員も来て、作品の取り扱いをチェックするのが美術界の常識です。当館の作品を貸し出す場合も職員が必ず一緒に行きます。その作品と人の移動というのが、いまの状況では時間もコストもかかりすぎてしまって実現できない。

作品が来なければ予定していた展覧会はできない。そんな時でも当館には豊富な所蔵作品があるので、それで新しい展示を構成することができました。

―すべての美術館が作品を所蔵しているものですか?

それは色々です。展示スペースを貸し出したり、そこで借用してきた作品で展覧会を開催し、所蔵品はもたないという美術館もあります。当館に関しては、1986年の開館からずっと積み重ねてきた財産が活きました。


この豊富な収蔵品を活かして、世田谷美術館は今年度の展示の予定を変更し、入館にあたっても徹底した対策を行い、再び来場者を受け入れている。

世田谷美術館のファン、関わってくる人を大切に

―なんとか今後の見通しは立ったという状況でしょうか?

そうですね。それでも悔しい思いはあります。世田谷区では、区内すべての小学校4年生と中学1年生が美術鑑賞教室という教育プロジェクトで必ず世田谷美術館を訪れます。

区立の小学校は62校あり、彼らがバスに乗ってほぼ1年を通して美術館を訪れ、中学生は夏休みを中心に個別で来館します。その対応をするのは当館のボランティアのみなさんです。最初は子どもたちが緊張していても、帰りにはボランティアの方とすっかり打ち解けている。そんな光景もよく見られます。子どもたちにとって美術に触れる貴重な体験であり、それは1986年の開館以来ずっと続けてきた大切な事業です。それが今年は中止になった。それは非常に残念でした。

―これまで継続していたものが止まってしまったんですね

はい。また世田谷美術館では「世田谷美術館美術大学」という長期講座も開館の翌年にあたる1987年から開催していました。こちらの開催ができなくなってしまいました。

若い方も年輩の方も集まって、講義、実技、鑑賞という3つの方向からアートを学ぶ講座で、卒業した後も同期の人たちが集まったり、卒業生同士の交流もある。年輩の人が若い人に『何期生だから先輩ですね』という会話があったりするほど、世田谷美術館が積み重ねてきた大切な柱の一つです。こちらも臨時休館に伴って中止になりました。

ただ、いまはオンラインで講座を開催しているので、逆に近隣の方以外も参加できるようになりました。

―それはそれで良かったですね

はい。世田谷美術館では講演会なども行えるので、それをオンラインで配信したり、あるいはこれまで近隣ではあるけど、つながりのなかった五島美術館の方と最近お会いして、何か一緒にできることがないかと話し合ったり、新しい可能性も見えてきました。

―世田谷の美術館同士がつながっていくのは確かに面白いですね

そうですね。私は開館の準備の頃からこの美術館にいて、もうすぐ定年を迎えます。最後の最後にこんな状況になって大変だ、と思う一方で、自分がいる時にこうした状況になったのは、意味があるように思います。世田谷美術館は、地域の皆さんに愛されて、そして展示を通して、美術好きの方の信頼を積み重ねてきました。その流れを継続していかなければならない。

そして、世田谷美術館を特別に思ってくださる方がいること。またボランティアや美術大学などいろいろな形で美術館と関わってくださっている方々の存在のありがたさを再認識しました。

地域の美術館として、今できることを模索しながら、なんとかこの状況を乗り越えて、人間と芸術の本質的なつながりを問う、「素朴と芸術」という当館の伝統を受け継いでいければと思います。

館内のギャラリーショップでは区内ボランティア施設の方々が制作したマスクも売られていた。おしゃれだと来館者にも好評とのことだった。

世田谷美術館

■住所
〒157-0075 世田谷区砧公園1-2

■電話番号
03-3415-6011

■開館時間
10時〜18時(展覧会入場は17:30まで)

■休館日
月曜日(祝祭日の場合はその翌平日)

■URL
https://www.setagayaartmuseum.or.jp/

■アクセス
東急田園都市線用賀駅徒歩17分、用賀駅より美術館行バス「美術館」下車徒歩3分